西尾繁(シゲちゃん)。敢えてシゲちゃんと括弧したのは、本編をご覧になれば一目瞭然だ。彼の持ち物は、スポーツバッグとスーパーのビニール袋がふたつ。そのひとつに「若い女性」宛のメモがごっそり入っていた。誰かに渡すためのものではないが、何百枚書いても物足りないというように、毎日書いて、それを肌身離さず持ち歩いていた。
「それを私に書いて」。ある日ひとりの女性が、彼にそう言った。彼は初めて、特定の女性へ宛てて書いた。それが「さとえちゃんへの手紙」だ。彼は「毎日8時54分に電話をください」と書き、彼女に手渡した。彼女は毎日8時54分に電話を入れ続けた。
1年後、そのすべてが、シゲちゃんの作品として展示された。ギャラリーの壁一面に、メッセージが貼り付けられた。壮観だった。シゲちゃんはそれを見て、「もう書く必要がなくなった」と言い、「さとえちゃんへの手紙」は終わった。理由はシゲちゃん自身が、映画の中で簡潔に語っている。作品としての展示も、この映画が、たぶん最後になるだろう。
「工房絵の給料は安いので就職したい」と叫び続けていた彼は、1997年10月から念願の就職先へ、スポーツバッグひとつ持って通っている。町の中で、若い女性から、シゲちゃんと声をかけられることもしばしばだ。
彼については、もうこれ以上の解説は不要だろう。映像の中で、彼は、彼のことを十分に語っている。痛いほどのメッセージが伝わってくる。最後に、シゲちゃんからのメッセージをお届けする。
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