作家名

写真 1958年生まれの富塚さんは、18歳のときから、同じ工場で黙々と働いている。毎朝同じ時刻の電車に乗り、仕事が終わると寄り道もせず、同じ時刻の電車に乗って帰ってくる。そんな生活が、もう20年以上も続いている。

 この国の大部分の人たちが、わが身の丈を忘れて、予想外の経済成長に浮かれていた20年間。まさに狂乱と呼ぶにふさわしい時の流れのただ中で、彼は、自分の目に映る世界を、こつこつと脳裡に積み上げてきた。誰に迷惑をかけるでもなく、駅名を克明に暗記したり、ウルトラマンを描き続けてきた。同じ20年間に、私たちは、人や自然をたくさん傷つけてきた。彼が傷つけたり壊したものに比べたら、私たちのそれは、犯罪的な数量だ。静かに善良に世の中を見据えてきた彼が、絵画という表現手段で私たちに示す、「それでもこんなに美しい世界」に出会うと、私たちは彼に、訳もなくあやまりたくなる。身勝手なものだ。

 彼がいつどこで、こういう描き方を体得したのか定かではないが、まるで何かにつき動かされているように、絵筆は、画面とパレットの間をせわしなく行き来する。ものすごい速さで、色の点描は置かれていく。見る見るうちに、絵は生命を得て、増殖した細胞がうごめくように仕上がっていく。よく見ると、絵は、文字にもなっている。仕事のことや、電車から見る町のことや、好きな本のさわりが、あぶりだしのように立ち現れてくる。乾くと重ねても滲まない、アクリル絵の具との出会いが、独自の手法を可能にした。

 彼は寡黙だが、絵の中では、きわめて雄弁だ。生きている「刻印」を押すように、彼は絵を描き続けている。最近彼は、長年勤めている会社から、「創業者賞」を授かった。「華やかなことから縁遠かった親子ですから、本当に嬉しいです」と、母親の世津子さんは、息子の受賞をこころから喜んだ。おめでとう、ほんとうに、おめでとう。

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