「筑波海軍航空隊」とは
戦闘機の教育部隊であり、1934年に「霞ヶ浦海軍航空隊友部分遣隊」として開設され、1938年に「筑波海軍航空隊」に改称している。海軍は伝統的に山や川の名前を施設や船につける習慣があるため、茨城県笠間市(旧友部町)に位置するにも関わらず飛行中に目印となる筑波山の名前がついたとされる。
1943年からは学徒出陣によって、多くの学生が海軍に入隊。当時は戦況が悪化していたため、通常4年かかる基礎教育が4ヶ月で行われた。なお、海軍志願者12万人の内、飛行機搭乗員を育てようとおよそ8500人を選抜。そこからさらに厳しい適性検査が経て、「筑波海軍航空隊」に入隊した予備学生120人の内、神風特別攻撃隊として出撃したのは77名であった。
旧筑波海軍航空隊司令部庁舎は、老朽化による解体という方針もある中、市民の働きかけにより、2013年12月から「筑波海軍航空隊記念館」として一般に公開されている。

「筑波海軍航空隊記念館」概要
<2013年12月20日オープン>
所在地 |
茨城県笠間市旭町654(茨城県立こころの医療センター内) |
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開館時間 |
9:00~17:00(不定休) |
入館料(税込) |
おとな500円 こども350円 |